最高裁判所第一小法廷 昭和24年(オ)226号 判決 1953年4月02日
北海道岩内郡岩内町字宮園二二五番地
上告人
倉島平治
右訴訟代理人弁護士
鍛治利一
北海道岩内郡岩内町字宮園二七七番地
被上告人
安達謙
同所
被上告人
安達清吉訴訟承継人 安達謙
同所
同
同 安達チヨ
同所
同
同 安達清美
同町字高台二九番地
同
同 安達勤
札幌市南六条西五丁目一二番地
同
同 志茂繁
右五名訴訟代理人弁護士
斎藤忠雄
森雄二郎
滝内礼作
右当事者間の土地賃貸借契約確認事件について、札幌高等裁判所が昭和二四年七月七日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり被上告人等は上告棄却を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人の上告理由第一点について。
原判決が所論摘示のごとく昭和二三年一一月二三日本件農地につき北海道知事の買収に基く売渡処分がなされたこと並びに上告人がこれに対し取消、変更の訴を提起しなかつたことを認定したことは所論のとおりであつて、右認定には違法の点は認められない。そして、自作農創設特別措置法四七条の二の規定によれば、かゝる処分に対する取消、変更の訴は、所論昭和二二年法律七五号八条の規定にかかわらず、また、その処分のあつたことを知らなくとも、処分の日から二箇月を経過したときはこれを提起することができないものであるから、原判決が前記認定の下に本件農地の売渡はその効力が確定しもはや争うことができなくなつたものと判示したのは正当であつて、所論の違法は認められない。
同第二点について。
上告人の本訴請求の要旨が農地の買収基準時たる昭和二〇年一一月二三日において本件農地につき上告人の賃借権が存在したことの確認を求めるにあつたこと、並びに、即時確定の法律上の利益の一つとして被上告人等に対し債務不履行又は不法行為を理由として精神上若しくは物質上の損害賠償の請求を為すためであると主張したことは記録上明白であり、何等釈明を必要とすべき余地は存しない。そして、過去の法律関係の存否が現在の法律関係の存否に影響を及ぼす場合にあつては、直ちにその現在の法律関係そのものの存否につき確認の訴を提起すべきであり、その前提たるに過ぎない過去の法律関係の存否につき確認の訴を許容すべきではない。されば、原判決には所論のような審理不尽の違法は認められない。
よつて、本件上告を理由ないものとして棄却し、訴訟費用につき民訴九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 真野毅 裁判官 入江俊郎)
昭和二四年(オ)第二二六号
上告人 倉島平治
被上告人 安達謙
外四名
上告人の上告理由
第壱点
原判決は農地買収の基準時(昭和二〇、一一、二三日)における賃借権の存在を確定することが自作農創設特別措置法により控訴人(上告人)において本件農地の売渡を受ける資格を得るために必要であるかという説問の下に
「同法第三条により買収の時期を昭和二十二年七月二日と指定せる北海道知事の買収令書か交付されついで昭和二十三年十一月二十三日同法第十三条により売渡の時期を昭和二十二年七月二日売渡の相手方を訴外遠藤金蔵、同中本亀吉とせる同知事の売渡通知書の交付されたことが認められる」、
(而して控訴人(上告人)が同知事の処分に対し取消又は変更を求める訴を提起した事実は控訴人の主張しないところであり、むしろ弁論の全趣旨からはかゝる訴の提起かなかつたものと認められる)
「従つて本件農地の売渡はその効力か確定しもはや争うことができなくなつたものである、果して然らば右基準時における控訴人の賃借権の存在を確定しても控訴人が本件土地の売渡を受け得ることゝなり得ないのであるから本訴請求は確認の利益なきものといわなければならない、」
と判示した。
右判示事実中本件の農地(法第二条第一項改正により「牧野」と称するのが正確と考えられるが茲には便宜従来の称呼を用う)に対する北海道知事の買収並売渡処分の効力か確定したとある点は事実誤認と信ずる。
本件訴訟記録中上告人の訴状に依れば、
原告(上告人)は本件の農地に付従来牧野としての小作権を有していたところ、被告(被上告人)は昭和二十年十一月二十五日原告に対し本年度限り該賃貸借契約を解除し土地を取上げる旨申向けたので原告は賃貸借継続方を要望し被告の翻意を求めている中被告は翌二十一年春無断で遠藤、中本をして該牧野を掘返えさせ畑地に開墾耕作し強制的に之を接収してしまつた。
その後原告は右の如き方法手段による小作地取上の不法であり小作権を消滅させる効力が無いものであることを自覚し、昭和二十二年二月以降同年十二月迄の間岩内農地委員会の裁定に訴え北海道農地委員会に訴願する等極力該小作権に基く回復を図つたが奈何せん被告は原告の牧野小作を否認し単なる牧草の青田売買に過ぎなかつたように虚構の主張をなし、且つ情実を以て委員会に策動した為孰も原告の申立を排斥却下してしまつた茲に於て原告は該小作牧野の遡及買収権を行使するには先づ以て原告の小作権の存在を確認せしめた上でなければ出訴しても請求を棄却されること瞭かであると観念した為本訴に及んだ。
と云うのであるが、其の当時買収処分か既になされたか否か、又何時なされたか、直接被処分者の地位に置かれてない上告人には判然せず、又売渡処分に付いては被上告人の立証に依れば本訴提起より遙かに後の同年十一月二十三日になされたことになつているが、これとて有効に為された処分であるか否か上告人において明確に諒承し得ない事実である若し農地委員会の買収並売渡計画が虚無の事実又は〓造、偽装の証拠に依つて立てられ北海道知事が之を基礎として該買収又は売渡処分をなしたと仮定せんか上告人は昭和二十二年法律第七十五号第八条の規定に依つて今日尚該処分に対し取消又は変更を求めることができる筈である。果して然らば原判決が上告人から未だ該処分の取消又は変更を訴求しておらないという一事をもつて直ちに「本件農地の売渡はその効力か確定し、もはやこれを争うことができなくなつたから遡及買収の基準時における上告人の本訴賃借権の存在を確定しても、上告人が本件農地の売渡を受け得ることにはならぬから本訴請求は確認の利益ないと判示したのは請求の基礎事実を誤認したか、法律を誤解した違法あるものと謂わなければならない。
第弐点
次に原判決は
「昭和二十年十一月二十三日において控訴人の賃借権が存在した事実を確定することが被控訴人安達清吉に対し債務不履行又は不法行為を理由とする損害賠償の請求をなすために必要であるかという点であるが(中略)債務不履行又は不法行為に基く損害賠償の請求にあつては債務不履行又は不法行為の時に権利の存在していたことが要件であつてその標準時はあくまで債務不履行又は不法行為の時である、従つてこの標準時以外の時に権利の存在していたことが確定されてもそれは損害賠償の前提としては意味のないものである、(中略)控訴人の主張する損害賠償の請求は昭和二十年十一月二十三日に債務不履行又は不法行為があつたというのではなくて、右の日時には完全に賃借権を行使しておつたのにその後に権利の行使か妨げられたというのであるから昭和二十年十一月二十三日における賃借権の存在が確定されても、それは控訴人主張の損害賠償の請求にとつては意味のないことゝなるこの点でも、本訴請求は即時確定の法律上の必要を欠くものであつて棄却を免かれない、」
と判示した、これは上告人の事実上の主張の真意を十分に諒解せず単に遡及買収の基準時即昭和二十年十一月二十三日の一点に於ける賃借権の存在のみを主張するものゝ如く解したに因る判示と認められる。
上告人の主張しつゝある事実は右遡及買収基準時たる昭和二十年十一月二十三日において上告人の牧野小作権の存在を主張するは勿論その後被上告人等の為に、この小作権を蹂躍せられ、農地委員会に訴うるも之を取上げず恰も当初より上告人の賃借小作権なるものか存在せざりし様に取扱われているのは心外だということを主張して之れが救済を求める前提としての本訴確認請求に及んだものであることは常識判断で理解できると思ふ。
故に上告人は遡及買収基準時における上告人の賃借小作権の存否に付確認を求めるに止まらず、その後の賃借権の消長とその原因についても上告人の該小作権益に関渉を有する限度において事実を闡明にしその存否に付確認を求めんとするものである。
仮りに上告人の原審における陳述にして判示の通り昭和廿年十一月二十三日現在に於て上告人の賃借権が存在した一点のみにつき確認を求めるが如き主張を為した事実があつたとしても原審は須らく釈明権を行使してその点を明確にした上判決すべきであつたにも拘らず一方的解釈を以て上告人の主張を右の如く狭く解して直ちに上告人の請求を排斥したことは審理不尽の譏を免かれない。
なお又原判決は上告人が直ちに債務不履行又は不法行為を原因とする損害賠償を請求し一切を物質的に解決せんとするものゝ如く独断し、
「昭和二十年十一月二十三日に債務不履行又は不法行為があつたと云うのではなくて、右の日時には完全に賃借権を行使しておつたのにその後に権利の行使が妨げられたというのであるから、昭和二十年十一月二十三日における賃借権が確定されても、それは控訴人主張の損害賠償の請求にとつては意味のないことゝなる、」
と判示したが、上告人の地位において金銭的解決が必ずしも唯一又は最善の方法とは謂い得ないのでこのことは原判決事実摘示中上告人側の陳述として
「控訴人は本件によつて物質的に止うず少からざる精神的打撃を蒙つている」云々と記載されていることでも判る筈である。
要するに上告人の本件土地に対する賃借権が昭和二十年十一月二十三日の遡及買収基準時に存在しておつたことは勿論その後においても存在しておつたと云う事実を明かにし被上告人等によつてこの賃借権が不法に否認せられたものであることを確認させることができればそれ自体、上告人にとつては大きな悦びあり利益であることは間違ない。
原判決が此の点に関し上告人に対し釈明権を行使し上告人の真意を明確にせなかつたのは審理不尽の違法がある。
(註、原審昭和二十四年六月二十四日弁論調書に録取されある釈明は同日附控訴代理人の準備書面その儘陳述せしめることは判決文作成上煩わしと見同書面の要領のみを裁判長が確めたに過ぎない)
以上